珍しくも難しい顔をしながら、ビスク港をトコトコ歩くライチ。
 その手には焼きたてのドラゴンステーキ。
 程良い焼き色のついたそれは、甘辛いタマネギベースのステーキソースと合わさった濃厚な匂いを漂わせ、すれ違う人々の口に唾液を分泌させていく。中にはそれを目で追い、ライチの服装を見て、そしてレストラン「シェル・レラン」へ走る者も。
 だが当の本人は、これまた珍しくも、その手に持つものに食欲を示さず、首をかしげて考え続けている。
 「・・・これで、いいのかなー。」
 ライチは事の起こりをもう一度思い出してみた。


 事の起こりは数時間前。ビスク港の王様を名乗る海王からドラゴンステーキの注文を受けた後。
 ライチはレストラン「シェル・レラン」へ戻ると、恐る恐るシレーナの部屋を覗いてみた。
 幸か不幸かシレーナは在室。ライチの「シレーナさまが居ない間にこっそりレシピノート盗み見ちゃえ」作戦は失敗に終わった。もっとも、シレーナのレシピノートは盗み見られないよう「総重量が100キロあってシレーナ以外ページをめくれない」だの「シレーナ以外が触ったら身体が燃える」だの「シレーナと感覚を共有していて誰が触ったかすぐ分かる」だの本当なのか嘘なのか分からない噂があるので、むしろ失敗して良かったのかもしれないが。
 「さて、どうしようかなー。」
 一旦部屋へ戻り、ライチは思案する。と、妙案より先に空腹を覚えた。
 「うーん、先に何か食べよーっと・・・あ、そうだ! 後で食べようと思っていたアレがあったんだ。」
 ライチは冷蔵庫からショートケーキを取り出した。それは新入りシェル・レランの習作で、「味見して下さい」と言われて貰ったものである。
 「それじゃ、味見しまーす。ぱくっ!」
 ライチは行儀悪く、それを手で掴んでかじり付いた。が・・・。
 「・・・!? うわ、甘っ・・・甘過ぎ!!」
 口をもぐもぐさせながらも、ライチは少しだけ渋い表情になる。
 「うーん・・・これ、砂糖入れすぎ・・・バターも入れすぎ・・・甘くて濃くて大味になってるよ。」
 そう言いながらも、ライチはメモと鉛筆を取りだして、もう一度その甘甘ケーキを口に入れる。
 そして舌先に神経を集中させる。
 「ええっと・・・砂糖の分量は、この甘さだと、これぐらいはあるな・・・えっとえっと、混ぜ方はちょっと粗いな・・・盛りつけはけっこう良かったな・・・。」
 寸評をメモに取り、評価をつける。
 「えとえと、こんなもんかなー。」
 完成した寸評を眺め。
 そして気づいた。
 「・・・そうだ! この手があった!!」


 ライチの作戦は以下の通りである。
 ①レストラン「シェル・レラン」に変装して客として行く
 ②シレーナさまを指名してドラゴンステーキを注文
 ③味を覚えて、再現する


 「さて、何で変装しようかなー。」
 ライチはビスク西露店街へ行くと、キョロキョロと見回して売り物を物色する。
 ドクロ眼帯、教師眼鏡、オークの鼻、狐のお面・・・
 変装できそうな道具は数々あるが、どれもどうにも中途半端。
 「うーん・・・ん あれは?」
 と、ライチはある売り物に目が止まった。
 鮭の形をした首飾り。名札には「アニマルソウル」と、その横の説明文には「これを使うとあら不思議、クマの着ぐるみが貴方の体に。正体がばれたくない所へ行くとき、隠密行動に最適!」と書かれている。
 値札にかかれた数字は意外に低く、簡単に手が届きそう。
 ライチは思わず「これだ!!」と叫んだ。
 
 昼下がりのビスク港を歩く奇妙な茶色い物体。道行く人は遠巻きに、その姿を物珍しそうに眺める。
 ヒョコヒョコと、クマの着ぐるみは真っ直ぐレストラン「シェル・レラン」へ進む。
 「えっと、そろそろシレーナさまが料理担当になる時間かなー。よし、行くぞー!! ・・・ってその前に。」
 ライチは手鏡を取り出し、自分の姿を写す。
 「うーん、どこからどう見ても完璧な変装だな、これなら誰も僕だとわからないだろうなー、うんうん。」
 満足げに頷く。
 と、その手鏡に、見知ったピンク髪が映った。
 「あら、ライチ君?」
 
 ライチは驚いて振り返る。その声の主を見て2度驚く。
 「え? あ? え、え? えと、えと、シレーナさま?」
 「どうしたのですかライチ君。こんな所でそんなもの着て。」
 「え? えと、えと、ちょっと・・・って何で僕だって分かったんですか?」
 シレーナは軽く笑いながら言う。
 「私が知っている人でしたら、気配だけで誰だか分かりますわよ。それよりも・・・。」 朝からライチ君を捜していたのよ、とシレーナは言葉を続けた。
 「え? 何でですか?」
 「今度、新しい料理を店に出そうと思うのよ。それでマスターシェフの人に何点かレシピを教えようと思ってるの。」
 オチの予感がライチの脳内に駆けめぐる。
 それでもライチは恐る恐るシレーナに聞いた。
 「えと、その料理って、もしかして・・・?」
 「あら、誰かから聞いてたのかしら? ドラゴンステーキよ。」


 「ふむ、これは美味である。さすがシレーナ様、あの硬くて癖のあるドラゴン肉をここまで柔らかく仕立て上げるとは。」
 そのゴツイ身体と変態丸出しな格好に似合わず、マナーをきちんと守って料理を食べるシーキング。
 もっとも、その場所は再び海蛇の隠れ家入り口。浅瀬に机と椅子を置き、足下に小さな波が打ち寄せてはいるが。
 道行く人の視線が再び痛い。ライチは微妙に離れた距離から、その様子を見ていた。
 と、シーキングがフォークとナイフを揃えて皿に置いた。
 「ふむ、堪能した。ライチ、大儀であった。」
 「う・・・うん。それより・・・。」
 ライチの身体はそわそわしている。
 「うむ、分かっておる。お代の方だな。ちゃんと用意してあるぞ。」
 と、シーキングはどこからともなく宝箱を取り出し、机に置いた。
 そして、自分でそれをあけ、中のものを取り出した。


 それは赤い小さな布だった。
 それには力強い字で「漢」と書かれていた。
 それは「漢ふんどし」だった。


 「君にはこの偉大なるミーリム海王国の市民権を与えよう。これは国民の証である漢ふんどした。さあ、着てみるといい。」
  ライチの目は点になっていた。赤い布が目の前に来てようやく気づき、そして無言のまま銃を取り出すと。
 グレートエクスプロードポーションをセットして・・・。
 ・・・グレネード弾が、大量に撃ち出された。
 「ぎゃあああああ!!!」
 シーキングの悲鳴が、文字通り「火の海」となったビスク港にこだましたのであった・・・。
 (第44章 漢・・・ではなく完)