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 「・・・分かったわ。引き続き潜入調査をお願いするわ。」
 「了解デス、シシシ・・・」
 受話器を置くと、シレーナは「ふぅ」とため息を一つついた。机にはレポートが一部。表紙には「MOTSが依頼を受けた浴衣等に関する調査書」と書かれている。
 「これで全容は分かりましたわ。さて、どうしたものですかね・・・。」
 頬杖をつき、思考を巡らせるシレーナ。とその時、ある匂いが鼻孔をくすぐる。
 「あら、いい匂いね。これは、お醤油とバターととうもろこし・・・・・・そうだわ。」
 シレーナは机にある小さなハンドベルをつまみ、チリンチリンと鳴らす。
 すぐにシェフが一人、部屋に入ってきた。
 「お呼びですか。」
 「ええ。この匂いを作ってるシェフを連れてきていただけませんこと?」


 そして、時は流れ。日付は7月7日。
 場所は「Future Age」と呼ばれる時代のイプス雪原中央、通称カオスゲート前。
 そこに、まるで某有明イベントのように、大量の段ボールを台車に乗せてやってきた有限会社サバカン一行。
 ポルガランは台車を階段の端に寄せると、右手の甲を口に、左手を腰に、つまりいつものポーズを取って、喉の調子を気にしつつ高笑い。
 「オーッホッホッホッ。ついに、ついにこの日が来たわ! 私(わたくし)の念願が叶う素晴らしい日よ! オーッホッホッホッ。」
 その様子を少し冷めた目で見ている社員A、B。
 「本当に大丈夫なんですか、社長?」
 「浴衣と下駄とうちわの料金だけでも予算オーバーなのに、運搬と配布でこんなにバイト雇っちゃったから、完全に債務超過ですよ。これで失敗したらMOTSに渡した手形が不渡りになりますよ・・・って聞いてます社長?」
 「心配ないわ戦闘員A・B。作戦は既に伝えた通りよ。この浴衣と下駄とうちわの仕込みは完璧だったじゃない?」
 社員A・Bは微妙に目線を逸らしつつ答える。
 「確かに、その3つを装備して願い事を叫ぶと、何を言おうとしても必ず「有限会社サバカンの社長ポルガランが世界征服できますようにー。」ってなりますけど・・・。」
 「その、カオスエイジの神獣を倒した後、300人以上が同時に同じ願いを叫ぶと必ず叶うっていう言い伝えが本当かどうか・・・?」
 と、再びポルガランが高笑い。
 「オーッホッホッホッ。何を今更言っているのかしら? これはラスレオ大聖堂の書庫から借りパクした古代文献に記述されていた、間違いない事実よ。中身はよく分からなかったから読み飛ばしたけど、間違いないわ!」
 
 再び場所が変わって、ここはレストラン「シェル・レラン」
 「それは、間違いない事実ですわ。神獣のエネルギー源を、研究者は「運命の振り子」と呼んでいますの。その研究者は、こう結論付けていますわ。「もし運命の振り子に、一定以上の願う力を与えると、運命の振り子はその願いを叶える為のエネルギーとなって現代に現れるだろう・・・。」」
 ライチはその言葉を10割理解できなかったが一応頷く。
 「そう言うわけですから、ポルガランさんの企みは何としてでも阻止しなければなりません。そこでライチ君、貴方に頼みがありますの。それはですね・・・。」
 
 そして再び、場所はカオスゲート前。
 「今日は七夕だよー。浴衣着てカオスに行きましょうー。」
 「うちわに下駄だよー。全部無料だから持っていってー。あ、でも一人一個ずつだよー。」
 「神獣を倒したら願い事を言ってみよう! もしかすると叶うかも知れないよ!!」
 威勢のいい声が響き渡る。神獣を倒しに来た冒険者達は皆一様に困惑顔を浮かべるが、説明を聞いて納得し、いそいそと浴衣に着替えていく。
 カオスゲート前の階段が、みるみるうちに浴衣の集団で埋まっていく。
 その様子を見てご満悦のポルガラン。高笑いが止まらない。
 「オーッホッホッホッ。もう300人は越したかしら。これなら問題・・・あら?」
 と、その視界に、奇妙な屋台が入った。
 パイプで組み立てられただけの簡素な屋台に、「焼きトウモロコシ」と書かれた赤い横幕とのれんがかけられている。その中には、一人のエルモニー。
 「あの服は・・・シェル・レラン? ちょ、何でこんな所に?」
 表情を怒りに変え、ポルガランは大股でずんずんとその屋台に近づく。そして怒鳴り散らそうとそのシェフを睨み付けて・・・気が付いた。
 「あら、ライチ君?」
 「あ、ガランさん。いらっしゃいー。」
 ライチはシェル・レランでもかなり騙しやすい部類のシェフである。実際、過去の世界征服計画では何度もライチを騙して、色々と仕事をさせている。
 もっとも、その全てがシレーナに露見し、ライチもろとも制裁されたのだが。
 怒りの表情はいくぶん収まったが、訝(いぶか)しげな目でライチを見つつ、ポルガランは言う。
 「ちょっと、何をやってるの?」
 「えと、えと、今日お祭りがあるから、新作の焼きトウモロコシを配ってシェル・レランをアピールしてきなさいってシレーナさまが言ったんだよー。」
 「あら、そうなの。」
 それを聞いて、思わず口元が歪むポルガラン。
 「そうだから、一本どうですか? 今日はただで配ってるんだよー。」
 「あーら、そうなの。なら頂くわ。」
 そう言ってポルガランは焼きトウモロコシを受け取り「それじゃ頑張ってねー。」と言って屋台から離れた。
 社員A・Bがポルガランに近づく。
 「社長、どうでしたか?」
 「強制排除します?」
 その問いかけに、ポルガランはいつものポーズを取ると・・・
 「オーッホッホッホッ。勝ったわ! 今回は私の完全勝利よ! 排除? 必要ないわ。見なさい、シェル・レランの連中、何も気付いていないどころか、こんな食べ物配布して盛り上げてくれているわ。オーッホッホッホッ・・・ガブ・・あ、熱、はう、熱いわ!」
 焼きトウモロコシを食べながら、器用に高笑いを続けるポルガラン。
 その後ろで社員2人は「本当に大丈夫かなー。」と早くも不安を口に出していた。
 
 そしてカオスゲートが解放。時の間を経て、地の門に。
 無事に到着できた350人の冒険者、その殆どが浴衣に下駄履き、手にはウチワと焼きトウモロコシ。
 やがて現れる神獣、ノーザンゲートキーパー。
 パンデモスの胴より遙かに太い触手での物理攻撃に、広範囲の毒攻撃、範囲魔法攻撃、そして何よりメルトダウンと呼ばれる特殊攻撃が冒険者を苦しめる。
 しかし冒険者側も歴戦の戦士が揃っている。慣れない浴衣装備でも強さは変わらず、着実にダメージを与え続け、与え続け。
 
 そして・・・・・・撃破!
 
 「さあ皆さん、願い事を叫ぶのよ!」
 ノーザンゲートキーパーが倒れると同時に、ポルガランはそう叫んだ。勿論心の中は「(さあ「有限会社サバカンの社長ポルガランが世界征服できますようにー。」と叫びなさい!!)」であるが。
 しかし。
 その思いに反して。
 「サムライ装備実装しろー!」
 「来年もMoEがあるようにー!」
 「家Ageが早くできますようにーー!」
 等々、冒険者達は思い思いの願い事を叫んでいた。
 途端、顔色が青くなるポルガラン。「え? え? どうしてなの?」と言いながら辺りをキョロキョロ。
 「ふふっ、教えてあげましょうか?」
 突然、後ろから声が聞こえた。慌てて振り返ると、そこには・・・。
 「あ! 貴女は・・・シレーナ!!」
 そこにはいつの間にか、シレーナが立っていた。
 「ポルガランさん、残念ですけど、貴女の作戦は看破させていただきましたわ。」
 その言葉を聞いて、ポルガランは驚き、そして憎しみの表情に。
 「シレーナ! いつもいつも邪魔をして・・・キーッ!! 一体何をしたのよ?」
 「ふふっ、教えてあげましょうか。これですわ。」
 そう言って、シレーナは腰袋から一本の瓶を取り出した。
 「それは・・・醤油?」
 「ええ。焼きトウモロコシに使った、シェル・レラン特製醤油ですわ。味や風味は普通の醤油と変わりませんが、一つ違う点がありますのよ。それは・・・。」
 「それは・・・?」
 シレーナは一つ咳払いをすると。
 「この中には、貴女が装備に仕込んだ催眠呪文より強力な催眠剤が入っていますのよ。」
 ・・・・・・しばしの沈黙。
 「ええーーーーっ!! シレーナ、それって危険・・・。」
 「ふふっ・・・それよりポルガランさん、覚悟は出来てますこと?」
 いつの間にかシレーナの手には、ノーザンゲートキーパーの触手より太いハリセンが握られている。
 「・・・ああ、また今日もいつものように吹き飛ばされるのね・・・。」
 やれやれといった表情で溜息をつくポルガラン。
 「イルミナ様の元で、反省してきなさーーーーい!!」
 ポルガランは吹き飛ばされ、遙かなる空へ消えていった。


 「なあ、お前ドロップ何だった?」
 「混沌のコイン2枚。お前は?」
 「光の弾300発。えっと、相場通り売れれば・・・。」
 電卓を叩く社員B。そこに出てきた数字を見て。
 「「良かったー。とりあえず倒産は免れたな。」」


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